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2008年08月31日

ダイビングとISO規格

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【パラオ・ブルーコーナーにて】

私の趣味?のひとつでもあるスクーバダイビング(Scuba-Diving)について、そのプロセスとISO規格に関連した話題を少しだけ書いておきます。最近は海外でもリブリーザーを用いて潜ることも多くなり、レックダイブ(Wreck Dive)等では以前は重たいタンクを背中に2本も背負ってWタンク仕様で潜っていましたが、それも少なくなりました。また、主として用いる減圧用のスペアタンクも腰からぶらさげて行くことも減りましたが、それでもリスクを考慮して最低1本は持っていくように心掛けています。

まあ、それらはさておき、日本国内ではダイビングサービスやダイビングショップと呼ばれるサービス活動を行っておられる組織各位は、個人もしくは少人数での活動が圧倒的であり、大規模な組織形態での活動はニーズ等の不確実性もあってか、私の知り得る所では現在は皆無に近いようです。そのようなことからも、それらの業務サービス活動におけるISO9001やISO14001及びOHSAS18001等の認証取得及び活動は殆ど行われていないのが現状のようです。指導団体もあまり関心があるとは言えず、また、そこまで手が出せないのが実情のようですが、レジャーダイビングに関するサービス活動におけるISO関連規格としては、次のような種類がありますので、指導団体責任者やそれらに属するインストラクター諸氏は当然ながら周知しておくべきでしょう。

1)ISO 24801シリーズ規格
(1)ISO 24801-1:2007
「Recreational diving services -- Safety related minimum requirements for the training of recreational scuba divers -- Part 1: Level 1 -- Supervised diver(レクレーショナルダイビングサービス-レクレーショナルスクーバダイバの訓練のための安全関連最低要求事項−第1部:レベル1−監督付きダイバー)」

(2)ISO 24801-2:2007
「Recreational diving services -- Safety related minimum requirements for the training of recreational scuba divers -- Part 2: Level 2 -- Autonomous diver(レクレーショナルダイビングサービス−レクレーショナルスクーバダイバの訓練のための安全関連最低要求事項−第2部:レベル2−独立ダイバー)」

(3)ISO 24801-3:2007
「Recreational diving services -- Safety related minimum requirements for the training of recreational scuba divers -- Part 3: Level 3 -- Dive leader(レクレーショナルダイビングサービス−レクレーショナルスクーバダイバの訓練のための安全関連最低要求事項−第3部:レベル3−潜水リーダー)」

2)ISO 24802シリーズ規格
(1)ISO 24802-1:2007
「Recreational diving services -- Safety related minimum requirements for the training of scuba instructors -- Part 1: Level 1(レクレーショナルダイビングサービス−スキューバ・インストラクタの訓練のための安全関連最低要求事項−第1部:レベル1)」

(2)ISO 24802-2:2007
「Recreational diving services -- Safety related minimum requirements for the training of scuba instructors -- Part 2: Level 2(レクレーショナルダイビングサービス−スキューバ・インストラクタの訓練のための安全関連最低要求事項−第2部:レベル2)」

3)ISO 24803:2007
「Recreational diving services -- Requirements for recreational scuba diving service providers(レクレーショナルダイビングサービス−レクレーショナルスクーバダイビングサービスプロバイダに対する要求事項)」

これらの規格の詳細や購入については、ISOのサイト叉は(財)日本規格協会のWEBストアで入手可能となっています。諸外国においては、ダイビングサービス業務活動を行っている組織各位は、マネジメントシステムの認証取得は別に珍しいことでも何でも無く、他の製造業各位叉はサービス業各位と同様、ごく一般的な活動になっています。


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【レジャーダイビングにおけるインストラクター資格カードの一例:(PADI)
(カードにおける”複製禁止”はセキュリティの関係から、当方で記載しました)

マネジメントシステムの業界では基準(ISO規格等)に基づき、審査員要件を満たした方々にはIRCA等がカード発行を行っていますが、レジャーダイビングも同様で、上記のようなカード(凡例です)が団体個別に、固有に存在しており、またそれと同等の文書(証明書)がインストラクター個人に発行されています。しかし、その教育訓練プログラムが上記のようなISO規格における各種要求事項を満たしているか否かの検証や妥当性確認が行われているとは限りません。

また、日本国内においてはあらゆる潜水に関する業務に従事する場合には「潜水士」資格が要求されています。この潜水士資格は、(財)安全衛生技術試験協会が実施・管轄しています。このようなことから、レジャーダイビングであっても、各種の水中講習は勿論のこと、現地における海中ガイドや体験ダイビング業務等でも資格が要求されます。

一方、ダイビングに使用する機材各種の製造メーカーは、その多くがISO9001等のマネジメントシステム規格を認証取得しており、それらの手順に基づいて製品製造活動が行われていますが、機材を購入する場合には、確認のために、当該製造メーカーを調査してみることも必要かもしれません。特に重機材については要注意でしょう。

この続きはまた時間がある時に記載したいと思います。

2006年12月24日

Hokuyou-maru(北洋丸)

チュークでは午前中のDeep-Diveを終えて、お昼の休憩はエテン島に立ち寄ることが多い。私は昼食は食べないので、皆さんが食べている間はカメラで遊んでいる。そんな時に冗談で撮影した半水面写真がこれだ。水中専用カメラ+13mmレンズなので全体的にボケてしまっている。

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そんなことをしているうちに、ガイドが何処へ潜る?と聞いてくる。そこで、あまりダイバーがエントリーしない沈船ポイントでもある「北洋丸」を彼に告げたが、彼は何の躊躇も無く、OKと即答。しかし、同行しているダイバーの方々はどう思っているのだろうか・・・そんなことを気にしながらポイントへ到着。

早速エントリーすると案外潮通しがあるせいか透明度も良い。早速ブリッジ付近へ近づくとテレグラフを発見し、早速1枚撮影。テレグラフに記されている文字もはっきりと読み取れるくらい保存状態が良い。

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ブリッジ内部を暫し散策し、そこから下へ続く階段があったので向かってみた。そこには通信機と思われる残骸(下の写真)があり、送信機の終段タンクコイルの破片やバリコン等が残っている。この時代の終段管となれば恐らく、いや確実に真空管が使用されていたはずであり、そのファイナル・チューブを探してみたが、見当たらなかった。

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この沈船も容易に潜れる深さではない。本日2本目のダイビング故に、あまり無理をすると減圧症になってしまう可能性もあるので、水深40mくらいの所まで移動し、周囲を見たら誰も居ない。上を見上げると皆さん浮上しかけている。まあ、次回にでもまたゆっくり潜るとしようと思い、最後にメインマストを撮影した。

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ちょっと幽玄な感じさえするこのマスト、次回のエントリーまで残っていて欲しいものだ。減圧を終えてボートに上がった時には、すでに夕刻が近づいていた。この北洋丸はエテン島の東に沈んでいる。エテン島は第二次大戦中には日本軍の飛行場があった場所だ。今では住民が住み、バナナ等の植物が生い茂っている。

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南の島の夕暮れはとても素晴らしい。この時間がやってくると喉の乾きが増し、足は自然にレストランの方向へ向かう。道すがら、地元住民の子供達がお金欲しさに声を掛けてくる。道端には放置された自動車があり、それを隠すように草で覆われている。環境という面では相応しいことなど決してないが、それでも島の人々は力強く生きている。

2006年12月23日

Reiyou-maru(麗洋丸)

チュークに沈むこの麗洋丸は、水深60mをゆうに超えるため、そこに到達するまでには時間が結構掛かる。Wダンクのエア圧をそれぞれチェックし、エントリーする。ブルーに染まりながらゆっくりとダイブしていくとやがてぼんやりと船体が見えてくる。海底に着地したかの如く、航行していたそのままの姿勢で船底を海底に着けている。

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麗洋丸の甲板ブリッジ付近

あまりにも水深が深いために、ストロボもその威力を発揮することが出来ない。ブリッジから船首方向にある船倉には多くの朽ち果てたレールと思われる積載物が散乱しているのが見える。操舵室の中へ入るとテレブラフ等の機器がそのままに残されている。

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エアファンネル

この沈船の底まで行くと、そこは水深70mを超える世界が広がり、身体にもその水圧をひしひしと感じることになる。ブリッジ後方にあるエアファンネルへ接近して撮影したのがこの写真。表面は海草等で覆われているものの、塗色は当時の色を若干ではあるものの、そのまま残しているようだ。片方のエアタンクからもう一方のエアタンクへ切替え、浮上の準備をする。

緩やかなカレントがあるのだろうか、プランクトンや浮遊物が目の前をゆっくり通りすぎていくのがはっきりと分る。浮上を開始してから暫くすると船影が見えなくなり、上下左右がブルーに包まれ安らぐというのか、癒される感じがする。静かで物音ひとつしない中、ガイドのレギの吸排気音だけがあたりに響きわたる。長い減圧時間を終えてボートの上へあがれば、もう夕刻も近い時間だった。

2006年12月09日

Shinkoku-maru(神國丸)

Chuukのモエン島から30分くらいボートで走った所に沈んでいるこの船舶は、昭和16年8月18日旧日本帝国海軍に徴用され、連合艦隊に配属となった経緯を持つ給油船。全長160m、総トン数が10,000トンを超える大型船舶とあって、1回のエントリーでは全てを見ることは不可能。

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ブリッジ近辺での水深は12〜15m前後とあって、比較的潜りやすい沈船。カレントも少なく、透明度も毎回潜ってもあまり大きく変化することもないので、初心者ダイバーにとっても不安無く潜れるだろう。

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ブリッジから船内へ入っていくとバスルームや船室内部、そして実験室と思われるところを見ることが出来る。そこから下へ降りていくと当時の物が床に埋もれている。上の写真は厨房と思われる所で撮影したものであるが、何か生々しくなってしまった。ISO50というフィルム感度はこのような真っ暗闇の中で撮影するのには毎回苦労させられる。ターゲットライトの灯だけが焦点を合わせるのに頼りになるが、ちょっとでも下手に動くと床にある堆積物が水中に舞ってしまい撮影出来なくなってしまう。

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船内からブリッジを目指して浮上する。ブリッジの上には誰が運んできたのだろうか、医療器具を収納するアルミ叉はジュラルミン製と思われるケースが放置されていた。その開いた何も入っていないケースの上蓋には白い人骨の一部と思われるものが置いてあったのが印象的だった。

大きな船舶だけに1周するだけでも結構時間が掛かるが、減圧を兼ねて沈船の周囲をゆっくり回りながら徐々に浮上していく。ブリッジの上方向では他のダイバーがボートから海中に吊り下げられたEANタンクを使って減圧しているのが見える。まだ時間があるので私もゆっくり浮上しながら暇なので、バブルリングを作り、遊びながらの減圧開始。ダイブコンピュータは必要減圧時間を表示してはいないが、安全のために10分程その場に留まった。

2006年11月23日

Tokai-maru(東海丸) in Guam

グアムは日本から比較的近い外国、しかもリゾートということもあって、家族連れや社員旅行等で行かれる方々も多い。これをご覧になっていらっしゃる方々の中にも渡航された経験のある方もいらっしゃるかもしれない。小生の場合には、中部国際空港(セントレア)http://www.centrair.jp/を基点として利用することが多い。

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【機上からの眺め】

今回は前回同様にグアムのアプラ湾に沈む東海丸の様子を御紹介する。この船の沈んでいる近傍には第一次大戦で撃沈された旧ドイツ帝国の艦船であったコモランと重なり合うように海底に鎮座している。海底での水深は36mと比較的潜りやすい沈船ではあるものの、透明度が日によって変化する。

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【東海丸を側面から撮影】

ご覧になってお分かりのとおり、この沈船は右舷に約45度傾いて海底に着底している。そのために平衡感覚がおかしくなるダイバーも居るようだ。この日は幸いにも晴れていたこともあって、海中まで太陽光が届き、濁りが入っていたものの何とか撮影出来た。

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【東海丸の船内】

沈んでから60年以上が経過していることもあって、他の沈船と同様に堆積物が船内にかなり積もっている。ブリッジの天井も崩れ果ててしまい、何とか船らしき形を保ってはいるがやがては海の藻くずとなって自然に還っていくのかもしれない。ついでにということで近傍に沈むコモランという艦船に行ってみた。

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【コモランの船内に残るトイレ】

詳細なデータは分らないものの、この沈船の内部は明らかに日本の船とは構造が違うようだ。船内をあれこれ見ているとふとトイレがポツンと取り残されていた。この中にエビの一種と思われるが、彼等が生活している。見た時は2匹の手長エビの種類と思われる赤と肌色の縞模様のエビがトイレの中を出入りしていたのが印象的だった。

まだエアの残圧はある。ガイドのクリスが「おいでよ」と手招きするので、彼の後をついていった。どうやら岸の方向へ向かっている。やがてそそり立った岸の部分へたどり着くと、そこには無数のコーラの空き瓶が散乱し、土中に埋もれているものもある。戦時中、米軍の兵士達が飲んで海へ投棄した空き瓶が積み重なっているのだ。まるで近代の貝塚のような印象すらある。それらの瓶はコカコーラ、ペプシ等の年代物(1940年代)の空き瓶。記念に2〜3本引き上げて持ってきたが、経年変化が激しいために、帰国してから酢を水で薄めたバケツの中に一昼夜くらい浸しておき、それから真水で洗浄すると、きれいになった。これは珊瑚や貝類及び食器類等も同様な方法である程度は汚れが落とせることから、海水浴等で拾った貝等があれば、そうやって掃除してみることをお勧めする。あまり長時間浸しておくと溶けてしまう可能性があるので、ほどほどにしておいた方がいい。また、貝類は椰子の中にある茶色の繊維で磨くと見違えるほど光沢が出る。想像するに、きっとココナッツオイルが何らかの作用をしているのかもしれない。

海の中にはこのような異物が結構多くある。中には釣り糸や錘、場合によっては釣り竿やリールがそのままの状態で海底に沈んでいることがあり、それらを見つける度に回収してくるが、マナーには注意してもらいたいものだ。

・ガイドをしてもらったMr.Chris Bangs:クリスのホームページ(写真集)の御紹介
http://www.scubaboard.com/gallery/showgallery.php/cat/500/ppuser/20620

2006年11月11日

Kitsukawa-maru(木津川丸)in Guam

今回はグアムのアプラ湾に沈む木津川丸の様子を紹介する。この船はアプラ湾の水深40mに沈んでいることもあって、ダイビングサービスも一般ダイバーは連れていかないポイント。大型空母が出入りする湾だけに、その透明度も日によって異なる。

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【木津川丸の船首デッキに残された大砲】

この日はあいにく透明度がそんなによくなかったこともあって、撮影した写真の出来も悪い。水中浮遊物も多く、大砲の奥にいるダイバー(クリス氏)もぼんやりとか写っていない。彼はグアムにあるMDAというダイビングサービスのスタッフであったが、彼の奥さんが日本人ということもあって、日本とグアムの間を行ったり来たりしているようだ。

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【木津川丸の船内の様子】

ブリッジ後方付近から、船内に入ってみた。内部は潮の影響を受けないので透明度は高く、それは比較的安定している。長年の月日が経っていることもあって、どの部屋というか船室も堆積物が積み重なっている。

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【木津川丸のメインマストを見上げる】

あまりのんびりとは潜っていられない。そろそろ浮上を開始しなければと思い、船内からデッキへ出てみたら、メインマストを見上げているダイバーが居たのでその後ろから撮影してみた。スキャナの解像度を低くして写真のポジをスキャンしてあるので鮮明とは言えない。ここから浮上するのは毎度の如く大変。

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【浮上時の様子】

浮上時の様子を他のダイバーが撮影した写真で、右側のカメラを抱えたダイバーが小生。浮上する場合にはこのようにアンカーロープを伝いながらゆっくり浮上するのが基本。こうすることによって急激な浮上を防止し、減圧症を予防することが出来る。小生はカメラを持っていることもあってロープに捕まれないので、ゆっくりと浮上しているダイバーの様子をチェックしながらその速度に合わせてエアをcontrolしながら浮上している。

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【ボートの上のスタッフ(向かって左から、DAVE氏、CHRIS氏、そしてMDAオーナー)】

ボートに上がってからアプラ湾をしばし散策、湾のあちこちに第二次大戦中使われたものが放置されている。軍の管轄なので触れることは御法度らしい・・

・リンク
MDA(http://www.mdaguam.com/
CHRIS(http://www.scubaboard.com/gallery/showgallery.php/cat/500/ppuser/20620

2006年11月05日

Sanfrancisco-maru(桑港丸)

Chuukを訪れるアメリカ人ダイバーの中で最も人気のある沈船ポイント。この船は大正時代に製造された古いタイプの艦船で、戦争中は輸送船として使用されていたらしく、船倉や甲板には自動車、戦車、爆弾、機雷等多くの軍事物資が乗っているのと共に、南方で生活する方々のための食器、ランプ等の日用品雑貨が搭載されている。

白い砂地の底にそのままの状態で沈んでいる姿はちょっと離れたところから見ると感動物だ。しかし、水深がブリッジ付近で50mを超えることからビギナーダイバーが潜るには難易度が高すぎる。

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【甲板付近に残された戦車】

この船はデュプロン島の沖合、ちょうど愛國丸が沈んでいる近くにあるが、透明度も良好で楽しむことが出来る。エントリーすると水深40mくらいの所から船体が眼下に見えてくる。甲板へたどり着くと早速この戦車を撮影し、ブリッジ付近を越えてそこから中へと入る。

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【エンジンルーム:Engine-room】

古い形式の船舶ということもあって、エンジンも他の船とは異なるようだ。専門家ではないので詳細なことは分らないが、見た目だけでも違っていることだけは理解できる。エンジンルームの横には石炭が数多く残っていることからスチームエンジンである。エンジンルームを出て他の船倉の中を見て廻る。そこには当時の新聞で梱包された新品の食器(陶磁器)や石油ランプがあった。特に石油ランプの傘というのか、ガラスで出来たものが割れずに残っているのが凄い。そうこうしている間にもそろそろ浮上しないといけない時間が迫ってきた。

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【甲板からマストを見上げる】

浮上する前に、甲板からマストを見上げて1枚撮影してみた。13mmレンズの特性がそのまま出てしまった失敗作かもしれないが、ちょっと面白い写真になった。さて、浮上しましょうということでゆっくりと浮上を開始した。

以前、このポイントへ潜った時に、途中で大の字になって気絶し浮遊しているダイバーを発見し、ガイドと一緒に救助したことが数回ある。ビギナーダイバーの中には、減圧途中叉は浮上時にエア切れを起しそのままパニックとショックで気絶してしまったり、急速な浮上速度によるブラックアウトを起すビギナーダイバーが多々居る。これはエアの残圧計を細かく定期的にチェックしていなかったり、浮上に慣れていないために起こる事故だ。現地のダイビング・スタイルはすべてセルフであり、自己責任及び自己管理が当たり前。このような水深が60mを超える沈船に潜る場合、エアの消費量も多くなることを計算に入れ、細かなチェックが欠かせない。

2006年11月04日

Aikoku-maru(愛國丸)

何度かこの沈船に潜ったことがある。しかし、これほど人の悲しさというのか、戦争の痛ましさを思い知らされる歴史の残像は他には無いのかもしれないと思わされることを痛感する。ただし、一般のダイバーの方が潜るにはそれなりのスキルが必要であり、リスクがあるのでお勧めはしない。

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【愛國丸のブリッジ付近にて】

この沈船は、ある日ダイビング・クルーズの船が沈船のブリッジ付近にアンカリングをしたために、波の影響を受けてブリッジ付近が崩壊してしまった経緯がある。まるで素人のアンカリング方法で後で知って驚いてしまったが、それはもう後の祭り。潜っていくと静かな海の中なのに何故か騒めきを感じる。

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【甲板に誰が置いたのか仏像が・・・】

エントリーして甲板に達した時にそこは水深40m、ふと見ると誰が置いたのか(置いたというか、設置した張本人は、元N.Y.P.D(New York police)に勤務していた方。暇を見てはお付の方を従えてChuukへやってくるようだ。そんなに月日が経ってもいないのに、海の中での経年変化は早いのかもしれない。そんな場面を見ながら、愛國丸の後ろの方、すなわちダンスホールの方から中へ入ってみる。そこはまるで地獄絵。積もった堆積物を見渡すと白くて半球状の物が見えてくるが、それはすべて遺骨(頭骨)、そう頭蓋骨なんだと認識することが出来る。

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【モニュメントの前に集められた遺骨】

今回はリブリーザを使用せず、通常のエア・タンクを使用しているために、あまり余裕は無い。最後に船内の様子をちょっとだけ御案内する。しかし、このような物を見たらごく普通の人は卒倒していしまうかもしれないが、これが現実であることには間違い無い。

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【船内に残る洗面所の痕】

1回のダイビングではすべてを見ることは出来ないが、ここで御紹介する撮影写真は数回エントリーした時の写真。機関室やその他の船室には言い表せない悲惨な事実が隠されているが、その写真をここで公開することは避けておこうと思い、掲載することをしないようにした。

ただ、戦争でこのような悲惨な、犠牲になった方々が未だに南の海の底深く存在していることをどれだけの方々が知っていらっしゃるのかなと、自分自身が思いを馳せる鎮魂ダイブであった。因に御案内しておくが、この沈船の最深部は水深70mを超えるのでビギナー・ダイバーは絶対にそこまで行かないこと。減圧には最低でも1時間を必要とする。

2006年11月02日

Fujikawa-maru(富士川丸)

Chuukへお出かけになったダイバーの方々であれば一度は潜った経験があるこの沈船。元々は北米航路に就航するはずだったが、一時期南米などへの航路に使用され、すぐに海軍に徴用された輸送船。1995年くらいまでは海上にマストだけが突き出ていてすぐに沈船の位置が分ったが、台風や長年の経年変化で錆びて折れてしまい、今ではそのマストも海上から見ることは出来ない。
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【船倉に散乱する銃弾の数々】

この沈船の見どころは何箇所かあるが、かの有名な映画監督も好んで潜っているのがこの沈船。船倉は何箇所かあるが面白いのは船首側の船倉。その底には九六艦上戦闘機があったり写真のような銃弾が散乱している。悪意のあるダイバーがそれを持ち去ってしまうこともあって、今では探さなければならないほど減ってしまったのは大変残念なことだ。

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【エンジンルーム】

船倉の内部から船尾方向へ向かって進み、ブリッジの下を通過したころから下へ潜るとエンジンルームにたどり着く。広いエンジンルームは今でも動きそうな気配がするが、65年も経ってしまっては無理だろうな〜と思いながら、周囲を散策する。このあたりで水深は30mを超えるのでちょっとした注意が必要だ。エンジンルームから内緒の通路を入っていくと、そこには工作室というのかメンテナンスを行ったと思われる部屋があり、各種工作機械が今でもその姿を留めていて、その近傍には各種の修理のためのパーツがそのまま残っている。

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【バスタブ:Bathtub】

あまり長時間滞在していると減圧時間も長くなってしまうので、ゆっくりブリッジ内部を見ながら浮上することにした。ブリッジの中には多くの部屋があったと思われるが、それらはもう朽ち果てている。唯一残っているというか何であったかが判明するのがこのバスタブと洗面所だ。先程記載したエンジンルームやブリッジ内部は真っ暗なので水中ライトは必需品。ブリッジから甲板へ向かい、船首方向へゆっくり向かう。潮の流れが変わったのか、多くの回遊魚が沈船周囲にやってきている。時と場合にもよるが、この沈船は比較的透明度が高く、海上のボートからでもその姿を見ることが出来る場合がある。

甲板における水深は20mと、ビギナーのダイバーにとっても安心して潜れる深さだ。この沈船は昼間よりも夜のダイブをお勧めする。そう、ナイトダイブには最高のポイントで、ソフトコーラルの素晴らしさにはきっと感動すること間違いなし!と言ったところだろうか。次回チャンスがあればナイトダイブでマクロ撮影を行ってみたいが、「ナイトダイブに行こうよ」とガイドを誘っても、「夜は飲みたいからまたね」と言われお断りされることが度々ある。常夏の海ではあるものの、ナイトダイブを行う場合には最低限でも3mmのウエットを着用していくことをお勧めする。

2006年10月21日

Katsuragisan-maru(葛城山丸)

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【Chuuk airport:ちょっと寂しいかも】

今回はChuuk近海に沈む葛城山丸へ潜った時の様子について記載する。葛城山丸はChuukの沈船の中でも最も水深が深い場所に沈んでいる日本の貨物船で、第二次大戦中に攻撃されて沈んだ船。エントリーすると一面ブルーの世界が広がるが、水深が深くなるにつれて薄暗く、そしてついには暗い世界へ到達してしまうことになる。水深が60mを越える頃から周囲のブルーが薄暗いブルーに変化し、写真撮影にも事欠くくらい暗くなってしまう。こうなるとターゲットライトが活躍するが、濁っていることもあってなかなか焦点が定まらない。

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【葛城山丸の上方から撮影】

沈船の上方から撮影してみた。今回はストロボをSB104とし、1灯だけの使用なので左側からストロボ光が発しているのが分る。魚の名前は分らないが、魚群となって沈船の周囲を何度も回遊しているのが印象的で、こんな暗い世界の中では黄色い魚体が何よりも目立つ。

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【沈船近くでの1ショット風景】

水深が70mを越えるこの沈船に潜るには、通常のエア・タンクをWで装備するよりも、リブ(Rebreather)を使用することを推奨する。使い慣れていないダイバーは基礎訓練が欠かせないが、慣れると大変使いやすくWタンク仕様のような重さも感じないので重宝する。私が使っているRebreather(AZIMUTH)は次のような外観だが、他にも多くのメーカーから販売されているのでいろいろ試してみるのも面白いかもしれない。

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【Rebreather】

通常のエア・タンクの場合には呼吸に使用したエアは海中に排出されてしまい無くなってしまう。ところがこのRebreatherは吐いた息を再度リサイクルして使用する循環方式なので、魚を撮影する時など排気音が無く、魚に恐怖感を与えない。また、水深150mくらいは裕に使用可能なので大深度潜水にも適している。元々の開発目的は軍用であったが、今ではコストダウンされて結構安価な器材が市販されている。しかし、通常のメンテナンスを含めてエントリー前のチェックには十分な注意が必要だ。間違った使い方をすると即あの世行きとなってしまうので、信頼ある訓練機関で十分トレーニングされることが重要。

2006年09月29日

Heian-Maru(平安丸)とYamagiri-Maru(山霧丸)

南の海で潜っていると、多くの沈没船に遭遇することがある。戦時中という時代にタイムスリップしたような感覚に陥ってしまい、過去の技術を垣間見ることが出来るのがダイバーとしての特権かもしれない。

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【太平洋上空にて】

よく利用するコンチネンタルミクロネシア航空(通称:エア・マイク)の窓から撮影したデジカメの映像。これはグアムからアイランドホッピングと呼ばれる各駅停車のような航空便で、小生にとっては大変重要とでもいうのか、よく利用する航空便。グアムからチューク、ポナペ、そしてスリーピングレディの眠りを見ながらクワジェリン環礁へ、そこからミサイル発射基地があるクエゼリン島を経て、マジュロ経由でハワイまでの航空路を言う。そんな中、チュークで途中下車して潜った。

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【Heian-Maru(平安丸)】

チュークのモエン島(旧:春島)をボートで出て、デュプロン島(旧:夏島)を過ぎた海域に沈んでいる平安丸に潜ってみた。写真のとおり今でもその船名を確認することが出来る大きな船舶。普通の観光ダイバーであれば周囲を散策してそれで引き上げるのが普通。しかし、私はそうではなく、船の中へ入っていく。厨房と思われる場所には食器がいまだに整然と積み重ねて保存されているし、当時の船の中の浴槽もそのままのようだ。この船は左舷を海底に向けて沈んでいることもあって、容易に船の中に入ることが出来るが、一般のダイバーの方々は絶対にマネをしないで欲しい。

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【平安丸の船内奥深くに今でも残る魚雷】

この船は建造された当時は華やかな船舶だったと思われる。しかし、戦争という時代の流れの中で徴用され、非運な運命を辿ってしまった経緯がある。船の奥深く入っていくと、さすがに潜水母艦として徴用されたであろうと思われる証拠を見つけることが出来る。写真にあるとおり、魚雷の在庫が船倉に今でも多く残されている。当時、酸素魚雷は日本の帝国海軍が世界に誇れる最新兵器として活躍したそうだが、その歴史とでもいうのか、証拠を実際に見ることが出来る。この船はとても大きくて1回のダイビングでは到底全てを見ることは不可能。

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【Yamagiri-Maru(山霧丸)の船内に残された砲弾の数々】

山霧丸はChuukのフェファン(旧;秋島)近くに沈んでいる。エントリーすると船体が直ぐに見えてくるが、お目当ては船倉。その中へ入っていくと巨大な砲弾と思われるものが今でも残っている。実はこの砲弾は戦艦大和や武蔵の主砲で使われる弾。輸送船という宿命なのかもしれないが、こんな弾を搭載したまま60年以上を経た現在でも、海の奥底深く沈んでその姿を留めている。

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【只今、減圧中です】

友人が撮影してくれた海中の私の姿。重いカメラを抱えて浅場で減圧している。この時が一番退屈かもしれないが、それを怠れば即とは言わないものの、死が待っている可能性がある。潜った後の24時間は航空機に搭乗してはいけない。それは、上空は気圧が低く、体内に溶け込んでいる窒素が航空機の上昇に伴う気圧低下によって窒素が血管等を塞いでしまうリスクがあるためだ。

因にChuukでは日本人ダイバーの事故は未だかつて無いそうだ。それは海中に沈む多くの艦船と共に犠牲になった民間の日本人船員英霊各位がそこへ訪れる日本人の方々を守っているとも言われている。そんな英霊各位に対して合掌あるのみの鎮魂ダイブであった。

Micronesia Chuuk-stateに沈む駆逐艦 追風

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【Blue Lagoon resortの中庭】

ミクロネシアには時々出掛けるが、その中で最も多いのがChuuk-state、すなわちチューク州という所。以前はTrukとも呼ばれ、戦時中は日本帝国海軍の基地があった場所であの戦艦大和もここに停泊していたことがある。以前はコンチネンタルホテルと呼ばれていたが、地元の住民でもあり、 Blue Lagoon Dive ShopのオーナーでもあるMr.Gradvin K.Aisek氏が買い取り、新たにBlue Lagoon resortと名称を変更した。私は先代のMr.Kimiuo Aisek氏(故人)とも親交があったことから、ここに今でも時々現地を訪れている。

大戦中に多くの日本の艦船が攻撃されて沈み、今でもその姿を海底に留めていることから、海中公園にも指定されている。また、島々を取り囲む環礁は世界最大。従って、ラグーンの内側の海は穏やかな時が多い。ボートで約1時間、北へ向かって走るとそこに駆逐艦 追風(おいて)が沈んでいる。すぐそこは環礁の外側になってしまう場所とあって、透明度は非常に高い。

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【水深40mから撮影した追風の姿】

ボートからエントリーし、海中を覗くと、もうそこにはブルー1色の世界が広がる。どうかすると上下間隔が無くなってしまうような錯覚に陥る。潜っていくと、やがてうっすらと船影らしき姿が見えてくるが、ダイビングコンピュータの水深計は40mを指していて、海底に到達するにはまだまだのようだ。

ダイビングコンピュータは通常、体内に溶け込む窒素を水深深度と時間で計測し、その計算値から減圧時間を算出する。メーカーによってもその計算方法が異なり、まるでSPC(Statistical Process Control)や MSA(Measurement Systems Analysis)の世界を想像してしまう。

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【駆逐艦 追風のブリッジ付近:in Bridge Destroyer Oite】

水深は約71m、深いと感じるがそれどころでは無い。この船のブリッジの中に入ってみた。そこには床に溶接されたか又は何らかの方法で固定されたShip -bellが今でも残っている。船の周囲をぐるっと廻ってみると、船首部分が無いのに気がつく。沈没する時にでも折れたのだろうか、200mくらい離れた所にその部分がある。ダイビングコンピュータの警告音だけが静かな海底に響き渡る。船の周囲をまるで見守るかのように旋回していたおよそ5mくらいのタイガーシャークも何処かへ行ってしまった。そろそろ上がらなければならない時間だ。

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【減圧中のMr.Greg氏】

深い海底から水面を目指して徐々にスロースピードで上昇を開始する。自分が吐き出すエアの泡を追い越してのスピードでの上昇は絶対に行ってはならない。水深20mからは減圧を開始する。減圧とは、体内(主として血液中)に溶け込んだ窒素を体外に放出するために、一定の水深で留まることを意味するが、これを怠ると、ちょうど冷やしていないビール瓶の栓を抜いたように、窒素が血管の中で気体になり、血管を塞いでしまう。それがどのような結果をもたらすかは御想像の通りだ。レジャーダイバーが使っているような一般のダイビングコンピュータではエラーを起してしまう水深まで潜っているので、減圧は2種類のダイビングコンピュータと、それに加えて米国海軍が使用する減圧表に基づいて実施する。

自分のタンクに残っているエア及びボートから吊り下げてある減圧専用のEAN(enriched air nitrox)40等の混合ガスを吸引し減圧を行うのであるが、その時間が長くて結構暇なので、この時も減圧しながら写真をパチリ!。最終的な減圧水深は 3m、そこでの待機時間が一番長く感じる。

上の写真にあるMr.Greg氏はここ(http://www.technicaldivetraining.com/gregory_m_such.htm)にあるようなプロフィールの持ち主でTDT(http://www.technicaldivetraining.com/)でプロとして活躍している。彼は私と同様にTDI等のインストラクターでもあるが、彼の場合は職業として専念している所が違う。彼も私もそうだが、一般的に水深が50mを超える所へ潜る場合には、タンクを2本連結して使用する。これは通称”Wタンク”とも言うが、これが結構重たくて肩が凝る。中にはこれに更に2本の予備タンクを両サイドにフックで引っかけて持っていくダイバーも居るが、そこまでの元気は私には無い。

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【Restaurant TAKARAJIMAにて:一緒に潜ったTDI U.S.Aのメンバー各位】

今回は沈船に潜るダイビングスタイル(Wreck-Dive)の一部を紹介したが、一般のダイバーの方々は水深30m前後に留めておいて欲しい。水深が50mを超える大深度潜水は大変危険であるために、完全な装備及び熟練したダイバーと一緒に潜ることをお勧めする。諸外国ではスキルがあって当たり前と見なされるので、無理をして潜った経験も無い水深ポイントへ興味本位で行かないこと。

ミクロネシアのチュークへはグアムから、コンチネンタルミクロネシア航空で行くことになります。現地へ渡航される方々は十分な余裕のある日程を確保しておいて下さい。

Rotaに沈む「松運丸」

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【Rota近海に沈む松運丸:Nikonos RS+13mm】

Rota島近海に沈む松運丸(しょううんまる)の写真を紹介しておこう。この船は第二次大戦において撃沈された貨物船で、全長はゆうに100mを超える大型船舶だ。水深30mの海底は真っ白な砂地で、そこからそそり立つ船首だけが何となく物悲しい感じがする。透明度の高いRotaの海ならではの写真かもしれない。写真右横に見えるロープはダイビングボートの係留用。

ここで、松運丸についてちょっとだけ触れておくことにしよう。記録によると、4396総トンで松岡汽船所属だったそうだ。1944(昭和19)年5 月29日未明に横浜を出発し、同6月12日にロタ島近海で空襲を受け船体が破損、火災発生の被害を受けたために同島テルノン付近に避泊し、消化と共に応急修理に着手したが、材料等の資材が乏しく修理作業が遅延する中で、24日再度の空襲をうけ、魚雷2発を被り沈没した。船員は6名の方々が死亡している。(資料:「戦時船舶史」著者 駒宮真七郎より抜粋)

この写真は、2004年8月15日に発行された「海なお深く-太平洋戦争 船員の体験手記」中央公論事業出版 [ISBN4-89514-230-2 C0095]の書籍の裏カバーにも採用された経緯がある。

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【「海なお深く」の書籍表紙カバー】

透明度が高く、海底が明るい海ではストロボは必要ない。ただ、この海域では条件によってはぶっ飛ぶような速い潮の流れが発生することがあるので、大潮の時は要注意だ。また、水深が30mと比較的浅いが、底に長時間滞在していると思わぬ減圧時間が必要となる。船首部分は写真のように見事に残っているが他の部分は既に朽ち果てている。近い将来にはすべて消えてしまうのかもしれない。

ロタ島で潜る時には「Dive-Rota」http://www.diverota.com/というサービスにお世話になっているが、オーナーのMarkさんは大の釣り好きでもあり、サーフェースタイムの間はボートを走らせてトローリングでシイラ等を釣る。それは勿論、彼等と一緒に行う夜のパーティーでお酒の肴となる。