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2006年12月28日

Rota Is.(ロタ島)

この冬季休暇に海外へ出掛ける方も多いことかと思いますが、ここで御案内するロタ島はサイパンとグアムの間にある島嶼で、所属はサイパン(マリアナ連邦)となります。ダイブロタのガイドであるMr.Douglasと一緒にリーフ付近を潜っていた時に偶然発見した船の残骸がこれです。

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ロタは透明度が大変高いことでも知られていて、海のブルーをバックにして鮮やかに撮影することが出来ます。一見したところ、岩?とも思ったのですが、そこから延びる先にはスクリューらしきものが残っていることから下の写真左側にあるのはエンジンの一部ではないかと思われます。

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ロタは今でも自然が大変多く残された場所で、小生の好きな場所の一つでもあります。もしチャンスがあれば是非一度訪れてみて下さい。島は交通機関が無く、レンタカーを利用するのが一番便利なようです。日本の免許証で大丈夫ですが、出来れば予約しておきたいものです。サイパンから直行の航空便があります。



2006年12月24日

Hokuyou-maru(北洋丸)

チュークでは午前中のDeep-Diveを終えて、お昼の休憩はエテン島に立ち寄ることが多い。私は昼食は食べないので、皆さんが食べている間はカメラで遊んでいる。そんな時に冗談で撮影した半水面写真がこれだ。水中専用カメラ+13mmレンズなので全体的にボケてしまっている。

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そんなことをしているうちに、ガイドが何処へ潜る?と聞いてくる。そこで、あまりダイバーがエントリーしない沈船ポイントでもある「北洋丸」を彼に告げたが、彼は何の躊躇も無く、OKと即答。しかし、同行しているダイバーの方々はどう思っているのだろうか・・・そんなことを気にしながらポイントへ到着。

早速エントリーすると案外潮通しがあるせいか透明度も良い。早速ブリッジ付近へ近づくとテレグラフを発見し、早速1枚撮影。テレグラフに記されている文字もはっきりと読み取れるくらい保存状態が良い。

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ブリッジ内部を暫し散策し、そこから下へ続く階段があったので向かってみた。そこには通信機と思われる残骸(下の写真)があり、送信機の終段タンクコイルの破片やバリコン等が残っている。この時代の終段管となれば恐らく、いや確実に真空管が使用されていたはずであり、そのファイナル・チューブを探してみたが、見当たらなかった。

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この沈船も容易に潜れる深さではない。本日2本目のダイビング故に、あまり無理をすると減圧症になってしまう可能性もあるので、水深40mくらいの所まで移動し、周囲を見たら誰も居ない。上を見上げると皆さん浮上しかけている。まあ、次回にでもまたゆっくり潜るとしようと思い、最後にメインマストを撮影した。

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ちょっと幽玄な感じさえするこのマスト、次回のエントリーまで残っていて欲しいものだ。減圧を終えてボートに上がった時には、すでに夕刻が近づいていた。この北洋丸はエテン島の東に沈んでいる。エテン島は第二次大戦中には日本軍の飛行場があった場所だ。今では住民が住み、バナナ等の植物が生い茂っている。

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南の島の夕暮れはとても素晴らしい。この時間がやってくると喉の乾きが増し、足は自然にレストランの方向へ向かう。道すがら、地元住民の子供達がお金欲しさに声を掛けてくる。道端には放置された自動車があり、それを隠すように草で覆われている。環境という面では相応しいことなど決してないが、それでも島の人々は力強く生きている。

2006年12月23日

Reiyou-maru(麗洋丸)

チュークに沈むこの麗洋丸は、水深60mをゆうに超えるため、そこに到達するまでには時間が結構掛かる。Wダンクのエア圧をそれぞれチェックし、エントリーする。ブルーに染まりながらゆっくりとダイブしていくとやがてぼんやりと船体が見えてくる。海底に着地したかの如く、航行していたそのままの姿勢で船底を海底に着けている。

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麗洋丸の甲板ブリッジ付近

あまりにも水深が深いために、ストロボもその威力を発揮することが出来ない。ブリッジから船首方向にある船倉には多くの朽ち果てたレールと思われる積載物が散乱しているのが見える。操舵室の中へ入るとテレブラフ等の機器がそのままに残されている。

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エアファンネル

この沈船の底まで行くと、そこは水深70mを超える世界が広がり、身体にもその水圧をひしひしと感じることになる。ブリッジ後方にあるエアファンネルへ接近して撮影したのがこの写真。表面は海草等で覆われているものの、塗色は当時の色を若干ではあるものの、そのまま残しているようだ。片方のエアタンクからもう一方のエアタンクへ切替え、浮上の準備をする。

緩やかなカレントがあるのだろうか、プランクトンや浮遊物が目の前をゆっくり通りすぎていくのがはっきりと分る。浮上を開始してから暫くすると船影が見えなくなり、上下左右がブルーに包まれ安らぐというのか、癒される感じがする。静かで物音ひとつしない中、ガイドのレギの吸排気音だけがあたりに響きわたる。長い減圧時間を終えてボートの上へあがれば、もう夕刻も近い時間だった。

2006年12月09日

Shinkoku-maru(神國丸)

Chuukのモエン島から30分くらいボートで走った所に沈んでいるこの船舶は、昭和16年8月18日旧日本帝国海軍に徴用され、連合艦隊に配属となった経緯を持つ給油船。全長160m、総トン数が10,000トンを超える大型船舶とあって、1回のエントリーでは全てを見ることは不可能。

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ブリッジ近辺での水深は12〜15m前後とあって、比較的潜りやすい沈船。カレントも少なく、透明度も毎回潜ってもあまり大きく変化することもないので、初心者ダイバーにとっても不安無く潜れるだろう。

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ブリッジから船内へ入っていくとバスルームや船室内部、そして実験室と思われるところを見ることが出来る。そこから下へ降りていくと当時の物が床に埋もれている。上の写真は厨房と思われる所で撮影したものであるが、何か生々しくなってしまった。ISO50というフィルム感度はこのような真っ暗闇の中で撮影するのには毎回苦労させられる。ターゲットライトの灯だけが焦点を合わせるのに頼りになるが、ちょっとでも下手に動くと床にある堆積物が水中に舞ってしまい撮影出来なくなってしまう。

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船内からブリッジを目指して浮上する。ブリッジの上には誰が運んできたのだろうか、医療器具を収納するアルミ叉はジュラルミン製と思われるケースが放置されていた。その開いた何も入っていないケースの上蓋には白い人骨の一部と思われるものが置いてあったのが印象的だった。

大きな船舶だけに1周するだけでも結構時間が掛かるが、減圧を兼ねて沈船の周囲をゆっくり回りながら徐々に浮上していく。ブリッジの上方向では他のダイバーがボートから海中に吊り下げられたEANタンクを使って減圧しているのが見える。まだ時間があるので私もゆっくり浮上しながら暇なので、バブルリングを作り、遊びながらの減圧開始。ダイブコンピュータは必要減圧時間を表示してはいないが、安全のために10分程その場に留まった。