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2006年11月26日

デジカメは水中でどこまで使えるか

今回は、デジカメがどこまで水中で使い物になるのかをテストしてみた結果を書いてみました。水深40m以内に潜る時には「Nikonos RS」の予備としてデジカメをメーカーさん指定の専用ハウジング(防水プロテクターとも言います)に入れて潜っているのですが、現在使用しているのは1眼レフの大型デジカメをハウジングに入れたものではなくて、Olympus社製の「CAMEDIA C-40 zoom」という2001年に発売された一般的なコンパクトデジタルカメラ製品を使っています。現在ではその製品は既に製造及び市販はされていないようで、もっと高機能なデジカメが市販されているようです。

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【通常のモードで撮影しました】

エントリーしてしばらくしたら、魚の群れが通りすぎていったのでそれを狙って撮影した時の写真です。ご覧のように水中ではストロボが殆ど効果が出ていないことが分ります。

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【イソギンチャクをマクロモードで撮影してみました】

岩にあるイソギンチャクをマクロモードに切り替えて撮影した時の写真です。本当はこの中に居る小さなエビを狙ったのですが、ちょっと位置がズレていたために写ってはいませんでした。(残念!)マクロモードではこのような水深20mくらいの場所でも結構使えることが分ります。

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【ソフトコーラルをマクロモードで撮影してみました】

ちょっとピンボケしてます。このような被写体はやはりマクロで撮影するのが難しいですね。ソフトコーラルの発色は結構気に入っています。

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【この生物の名称は不勉強のため、分りません(笑)】

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【岩場に居たイソギンチャクの仲間】

もっと近づいて撮影すれば良かったのですが、結構潮の流れが激しかったので、一瞬を捉えて撮影しました。黄色がきれいに発色してます。

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【番外編:雨の夜にホテルから外の風景を撮影】

グアムで宿泊した時に、ホテルの窓から見える外の景色を夜に撮影してみました。デジカメは夜間撮影が苦手なんて言われていましたが、そうでもなく、結構きれいに撮影することが出来ます。


最近のコンパクトデジカメはファインダー(覗き窓)が無いタイプの製品が主流のようです。ダイビングでデジカメを使用する時には勿論ファインダーは使用せず、液晶画面のモニタを見ながら撮影するのですが、何と言ってもデジカメの「水中モード」等の各種の切替え設定と「シャッターの半押しテクニック」を身に付けておくことが一番かと思います。オートフォーカスが殆どのデジカメでは、これが撮影テクニックの決め手になるようです。

また、専用の防水ケースは「Oリング(パッキン)」で防水処理するようになっています。潜る前には必ず専用のグリスアップを行うことや、砂や埃等がそこに噛んでいないことを確認しておくことが重要です。なお、定期的なOリングの交換(頻度にもよりますが、通常は1年毎に)をお勧めします。このあたりの確認を怠ると「水没」し、大切なカメラ本体にまで被害が及びます。海から上がった後は、ケースごとそのまま真水に浸けて、塩抜きをし、その後に乾燥させます。

2006年11月23日

Tokai-maru(東海丸) in Guam

グアムは日本から比較的近い外国、しかもリゾートということもあって、家族連れや社員旅行等で行かれる方々も多い。これをご覧になっていらっしゃる方々の中にも渡航された経験のある方もいらっしゃるかもしれない。小生の場合には、中部国際空港(セントレア)http://www.centrair.jp/を基点として利用することが多い。

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【機上からの眺め】

今回は前回同様にグアムのアプラ湾に沈む東海丸の様子を御紹介する。この船の沈んでいる近傍には第一次大戦で撃沈された旧ドイツ帝国の艦船であったコモランと重なり合うように海底に鎮座している。海底での水深は36mと比較的潜りやすい沈船ではあるものの、透明度が日によって変化する。

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【東海丸を側面から撮影】

ご覧になってお分かりのとおり、この沈船は右舷に約45度傾いて海底に着底している。そのために平衡感覚がおかしくなるダイバーも居るようだ。この日は幸いにも晴れていたこともあって、海中まで太陽光が届き、濁りが入っていたものの何とか撮影出来た。

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【東海丸の船内】

沈んでから60年以上が経過していることもあって、他の沈船と同様に堆積物が船内にかなり積もっている。ブリッジの天井も崩れ果ててしまい、何とか船らしき形を保ってはいるがやがては海の藻くずとなって自然に還っていくのかもしれない。ついでにということで近傍に沈むコモランという艦船に行ってみた。

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【コモランの船内に残るトイレ】

詳細なデータは分らないものの、この沈船の内部は明らかに日本の船とは構造が違うようだ。船内をあれこれ見ているとふとトイレがポツンと取り残されていた。この中にエビの一種と思われるが、彼等が生活している。見た時は2匹の手長エビの種類と思われる赤と肌色の縞模様のエビがトイレの中を出入りしていたのが印象的だった。

まだエアの残圧はある。ガイドのクリスが「おいでよ」と手招きするので、彼の後をついていった。どうやら岸の方向へ向かっている。やがてそそり立った岸の部分へたどり着くと、そこには無数のコーラの空き瓶が散乱し、土中に埋もれているものもある。戦時中、米軍の兵士達が飲んで海へ投棄した空き瓶が積み重なっているのだ。まるで近代の貝塚のような印象すらある。それらの瓶はコカコーラ、ペプシ等の年代物(1940年代)の空き瓶。記念に2〜3本引き上げて持ってきたが、経年変化が激しいために、帰国してから酢を水で薄めたバケツの中に一昼夜くらい浸しておき、それから真水で洗浄すると、きれいになった。これは珊瑚や貝類及び食器類等も同様な方法である程度は汚れが落とせることから、海水浴等で拾った貝等があれば、そうやって掃除してみることをお勧めする。あまり長時間浸しておくと溶けてしまう可能性があるので、ほどほどにしておいた方がいい。また、貝類は椰子の中にある茶色の繊維で磨くと見違えるほど光沢が出る。想像するに、きっとココナッツオイルが何らかの作用をしているのかもしれない。

海の中にはこのような異物が結構多くある。中には釣り糸や錘、場合によっては釣り竿やリールがそのままの状態で海底に沈んでいることがあり、それらを見つける度に回収してくるが、マナーには注意してもらいたいものだ。

・ガイドをしてもらったMr.Chris Bangs:クリスのホームページ(写真集)の御紹介
http://www.scubaboard.com/gallery/showgallery.php/cat/500/ppuser/20620

2006年11月11日

Kitsukawa-maru(木津川丸)in Guam

今回はグアムのアプラ湾に沈む木津川丸の様子を紹介する。この船はアプラ湾の水深40mに沈んでいることもあって、ダイビングサービスも一般ダイバーは連れていかないポイント。大型空母が出入りする湾だけに、その透明度も日によって異なる。

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【木津川丸の船首デッキに残された大砲】

この日はあいにく透明度がそんなによくなかったこともあって、撮影した写真の出来も悪い。水中浮遊物も多く、大砲の奥にいるダイバー(クリス氏)もぼんやりとか写っていない。彼はグアムにあるMDAというダイビングサービスのスタッフであったが、彼の奥さんが日本人ということもあって、日本とグアムの間を行ったり来たりしているようだ。

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【木津川丸の船内の様子】

ブリッジ後方付近から、船内に入ってみた。内部は潮の影響を受けないので透明度は高く、それは比較的安定している。長年の月日が経っていることもあって、どの部屋というか船室も堆積物が積み重なっている。

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【木津川丸のメインマストを見上げる】

あまりのんびりとは潜っていられない。そろそろ浮上を開始しなければと思い、船内からデッキへ出てみたら、メインマストを見上げているダイバーが居たのでその後ろから撮影してみた。スキャナの解像度を低くして写真のポジをスキャンしてあるので鮮明とは言えない。ここから浮上するのは毎度の如く大変。

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【浮上時の様子】

浮上時の様子を他のダイバーが撮影した写真で、右側のカメラを抱えたダイバーが小生。浮上する場合にはこのようにアンカーロープを伝いながらゆっくり浮上するのが基本。こうすることによって急激な浮上を防止し、減圧症を予防することが出来る。小生はカメラを持っていることもあってロープに捕まれないので、ゆっくりと浮上しているダイバーの様子をチェックしながらその速度に合わせてエアをcontrolしながら浮上している。

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【ボートの上のスタッフ(向かって左から、DAVE氏、CHRIS氏、そしてMDAオーナー)】

ボートに上がってからアプラ湾をしばし散策、湾のあちこちに第二次大戦中使われたものが放置されている。軍の管轄なので触れることは御法度らしい・・

・リンク
MDA(http://www.mdaguam.com/
CHRIS(http://www.scubaboard.com/gallery/showgallery.php/cat/500/ppuser/20620

2006年11月05日

Sanfrancisco-maru(桑港丸)

Chuukを訪れるアメリカ人ダイバーの中で最も人気のある沈船ポイント。この船は大正時代に製造された古いタイプの艦船で、戦争中は輸送船として使用されていたらしく、船倉や甲板には自動車、戦車、爆弾、機雷等多くの軍事物資が乗っているのと共に、南方で生活する方々のための食器、ランプ等の日用品雑貨が搭載されている。

白い砂地の底にそのままの状態で沈んでいる姿はちょっと離れたところから見ると感動物だ。しかし、水深がブリッジ付近で50mを超えることからビギナーダイバーが潜るには難易度が高すぎる。

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【甲板付近に残された戦車】

この船はデュプロン島の沖合、ちょうど愛國丸が沈んでいる近くにあるが、透明度も良好で楽しむことが出来る。エントリーすると水深40mくらいの所から船体が眼下に見えてくる。甲板へたどり着くと早速この戦車を撮影し、ブリッジ付近を越えてそこから中へと入る。

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【エンジンルーム:Engine-room】

古い形式の船舶ということもあって、エンジンも他の船とは異なるようだ。専門家ではないので詳細なことは分らないが、見た目だけでも違っていることだけは理解できる。エンジンルームの横には石炭が数多く残っていることからスチームエンジンである。エンジンルームを出て他の船倉の中を見て廻る。そこには当時の新聞で梱包された新品の食器(陶磁器)や石油ランプがあった。特に石油ランプの傘というのか、ガラスで出来たものが割れずに残っているのが凄い。そうこうしている間にもそろそろ浮上しないといけない時間が迫ってきた。

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【甲板からマストを見上げる】

浮上する前に、甲板からマストを見上げて1枚撮影してみた。13mmレンズの特性がそのまま出てしまった失敗作かもしれないが、ちょっと面白い写真になった。さて、浮上しましょうということでゆっくりと浮上を開始した。

以前、このポイントへ潜った時に、途中で大の字になって気絶し浮遊しているダイバーを発見し、ガイドと一緒に救助したことが数回ある。ビギナーダイバーの中には、減圧途中叉は浮上時にエア切れを起しそのままパニックとショックで気絶してしまったり、急速な浮上速度によるブラックアウトを起すビギナーダイバーが多々居る。これはエアの残圧計を細かく定期的にチェックしていなかったり、浮上に慣れていないために起こる事故だ。現地のダイビング・スタイルはすべてセルフであり、自己責任及び自己管理が当たり前。このような水深が60mを超える沈船に潜る場合、エアの消費量も多くなることを計算に入れ、細かなチェックが欠かせない。

2006年11月04日

Aikoku-maru(愛國丸)

何度かこの沈船に潜ったことがある。しかし、これほど人の悲しさというのか、戦争の痛ましさを思い知らされる歴史の残像は他には無いのかもしれないと思わされることを痛感する。ただし、一般のダイバーの方が潜るにはそれなりのスキルが必要であり、リスクがあるのでお勧めはしない。

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【愛國丸のブリッジ付近にて】

この沈船は、ある日ダイビング・クルーズの船が沈船のブリッジ付近にアンカリングをしたために、波の影響を受けてブリッジ付近が崩壊してしまった経緯がある。まるで素人のアンカリング方法で後で知って驚いてしまったが、それはもう後の祭り。潜っていくと静かな海の中なのに何故か騒めきを感じる。

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【甲板に誰が置いたのか仏像が・・・】

エントリーして甲板に達した時にそこは水深40m、ふと見ると誰が置いたのか(置いたというか、設置した張本人は、元N.Y.P.D(New York police)に勤務していた方。暇を見てはお付の方を従えてChuukへやってくるようだ。そんなに月日が経ってもいないのに、海の中での経年変化は早いのかもしれない。そんな場面を見ながら、愛國丸の後ろの方、すなわちダンスホールの方から中へ入ってみる。そこはまるで地獄絵。積もった堆積物を見渡すと白くて半球状の物が見えてくるが、それはすべて遺骨(頭骨)、そう頭蓋骨なんだと認識することが出来る。

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【モニュメントの前に集められた遺骨】

今回はリブリーザを使用せず、通常のエア・タンクを使用しているために、あまり余裕は無い。最後に船内の様子をちょっとだけ御案内する。しかし、このような物を見たらごく普通の人は卒倒していしまうかもしれないが、これが現実であることには間違い無い。

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【船内に残る洗面所の痕】

1回のダイビングではすべてを見ることは出来ないが、ここで御紹介する撮影写真は数回エントリーした時の写真。機関室やその他の船室には言い表せない悲惨な事実が隠されているが、その写真をここで公開することは避けておこうと思い、掲載することをしないようにした。

ただ、戦争でこのような悲惨な、犠牲になった方々が未だに南の海の底深く存在していることをどれだけの方々が知っていらっしゃるのかなと、自分自身が思いを馳せる鎮魂ダイブであった。因に御案内しておくが、この沈船の最深部は水深70mを超えるのでビギナー・ダイバーは絶対にそこまで行かないこと。減圧には最低でも1時間を必要とする。

2006年11月02日

Fujikawa-maru(富士川丸)

Chuukへお出かけになったダイバーの方々であれば一度は潜った経験があるこの沈船。元々は北米航路に就航するはずだったが、一時期南米などへの航路に使用され、すぐに海軍に徴用された輸送船。1995年くらいまでは海上にマストだけが突き出ていてすぐに沈船の位置が分ったが、台風や長年の経年変化で錆びて折れてしまい、今ではそのマストも海上から見ることは出来ない。
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【船倉に散乱する銃弾の数々】

この沈船の見どころは何箇所かあるが、かの有名な映画監督も好んで潜っているのがこの沈船。船倉は何箇所かあるが面白いのは船首側の船倉。その底には九六艦上戦闘機があったり写真のような銃弾が散乱している。悪意のあるダイバーがそれを持ち去ってしまうこともあって、今では探さなければならないほど減ってしまったのは大変残念なことだ。

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【エンジンルーム】

船倉の内部から船尾方向へ向かって進み、ブリッジの下を通過したころから下へ潜るとエンジンルームにたどり着く。広いエンジンルームは今でも動きそうな気配がするが、65年も経ってしまっては無理だろうな〜と思いながら、周囲を散策する。このあたりで水深は30mを超えるのでちょっとした注意が必要だ。エンジンルームから内緒の通路を入っていくと、そこには工作室というのかメンテナンスを行ったと思われる部屋があり、各種工作機械が今でもその姿を留めていて、その近傍には各種の修理のためのパーツがそのまま残っている。

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【バスタブ:Bathtub】

あまり長時間滞在していると減圧時間も長くなってしまうので、ゆっくりブリッジ内部を見ながら浮上することにした。ブリッジの中には多くの部屋があったと思われるが、それらはもう朽ち果てている。唯一残っているというか何であったかが判明するのがこのバスタブと洗面所だ。先程記載したエンジンルームやブリッジ内部は真っ暗なので水中ライトは必需品。ブリッジから甲板へ向かい、船首方向へゆっくり向かう。潮の流れが変わったのか、多くの回遊魚が沈船周囲にやってきている。時と場合にもよるが、この沈船は比較的透明度が高く、海上のボートからでもその姿を見ることが出来る場合がある。

甲板における水深は20mと、ビギナーのダイバーにとっても安心して潜れる深さだ。この沈船は昼間よりも夜のダイブをお勧めする。そう、ナイトダイブには最高のポイントで、ソフトコーラルの素晴らしさにはきっと感動すること間違いなし!と言ったところだろうか。次回チャンスがあればナイトダイブでマクロ撮影を行ってみたいが、「ナイトダイブに行こうよ」とガイドを誘っても、「夜は飲みたいからまたね」と言われお断りされることが度々ある。常夏の海ではあるものの、ナイトダイブを行う場合には最低限でも3mmのウエットを着用していくことをお勧めする。