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2006年09月30日

Twilight time in Chuuk-state

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【南の島の黄昏時は冷たいビールに誘惑される】

南の島々の黄昏時は何とも表現出来ないくらい美しい。しかし、「華より団子派」の小生にとっては景色よりも冷たいビールに誘われる時間帯だ。本来はもっとキレイなんだが撮影テクニックが追いつかない悔しさがある。

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【群れをなして泳ぐウメイロモドキ】

この写真を撮影した場所は、Chuukの東側にあるアウトリーフの外側。エントリーしてから水深30mくらいのところにある砂地へチンアナゴを見に行こうとしていた途中にであったウメイロの群れ。次から次へとやって来ては通り過ぎる。アウトリーフの外側の海域だけあって太平洋の真っ只中、海の色が一面Blueで明るい。

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【途中でであったエイの仲間】

リーフ伝いにそろそろ浅い場所へと移動していた時に、岩場の片隅の真っ白な砂地で休憩?していたと思われるエイの仲間。これは写真ではその大きさが分らないかもしれないが、結構大型だった。この類いの連中は尾びれというか、尻尾にノコギリ状の歯で周囲を取り囲む強烈なトゲを持っている。それに刺されると死亡することがあるので要注意だ。白い砂地故に少々ハレーション気味の写真になってしまった。

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【浅場の岩場でシダの仲間を撮影】

リーフでのダイビングでは水深の深い場所からリーフ伝いに浅場へと移動してくる。最終的には水深5mくらいの所で減圧を兼ねて遊んでいるのだが、その途中に暇だったので撮影したのがこの写真。この手のものの撮影はマクロレンズを使用すると面白い写真が撮影出来るが、水中でレンズ交換は出来ない。バックの海のBlueがとても気に入っている。

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サーバーにMovable Typeをインストールし、旧ブログからデータを移転しました。バージョンアップのためのメンテナンスを行うことが多々ありまして、時々閲覧出来ない状態・状況が発生するかもしれませんがどうか御容赦願います。

PALAU Ngajangel(パラオ諸島・カヤンゲル島)

パラオの本島から北へ行った所にカヤンゲル島がある。パラオ本島(コロール)からはパブリック・ボートを利用し向かうことしか出来ないが、今回はダイビング・ガイドでもあるMr.Masaoのボートで彼の友人達と共に現地へ向かった。

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【上空から見たカヤンゲルの島々:一番手前の島だけに人々が住んでいる】

コロール島を出て一路北へ向かう。バベルダオブ島を抜けて太平洋へ出るが、環礁に守られていることもあって以外と波は穏やか。驚いたのはその透明度で、あたり一面、水深はおおよそ40m〜50mはありそうなのに、海底まで透けて見えてしまうのにはびっくり仰天した。今回はMr.Masaoが普段使用しているダイビング・ボートを使用し、荷物(といっても、殆どがビールと水)、エアタンク及び予備のガソリンを満載し向かった。かれこれ4時間くらいは走っただろうか、そこで一旦休憩。といっても海のど真ん中だ。休憩を終わって走ること暫し、島々が見えてきた。上の写真で説明すると奥の方から手前へ向かっていることになる。

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【カヤンゲル島のアウトリーフ側】

島に近づいて潜ろうかと言う時になったのだが、低気圧の影響か波が結構高く、リーフの近くにボートが寄せられないので、リーフからちょっと離れた沖合に停泊し、そこから海中へエントリーした。ここまで来るとさすがに人の手が入っていないというか、荒れていない。ヨスジの群れが我々の横を通りすぎていった。今夜の食料調達ということで、Mr.Masao御一行様はリーフに沿って潜っている。何を採っているのかな〜と思い、彼等の潜っている場所へ移動してみた。

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【Mr.Masaoが仕留めた南洋五色海老】

何を採っているのかと思ったら、五色エビ(ロブスター)や魚。彼得意のスピアで獲物をゲットしていた。私も・・と思ったがカメラを持っているので断念。まるで「とったど〜」と言わんばかりにピアノの音色が聞こえて来そうだ(笑)。

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【今夜のBBQ食材の一部:カヤンゲル産地直送】

夕食は現地の海で調達したエビや魚をBBQで食べたが、これがとても美味しい。離島に行くと毎回このような現地調達をしているので珍しいことではないが、何時食べても飽きない。島民の方もビール片手にやってきて、夜更けまで話がはずんだ。

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【島内のメインストリート】

翌朝起きて島内をちょっと散策してみた。道は舗装整備されてはいないものの、住民の方々が掃除をしていることもあってゴミひとつ落ちてはいない。しかし、この道から一歩脇道へ入ると、いたるところに大きな穴が掘ってあり、そこに清涼飲料水やビールの空き缶が捨ててあるのだ。環境という面からは宜しくない。これは何もこの島に限ったことでは無く、南の島々では使えなくなった自動車等が海岸に放置してあるケースも珍しくはない。

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【Mr.Masaoと彼の奥様:Teppan-House Dragonにて】

カヤンゲル島からコロールへ帰ってきて、Mr.Masaoと彼の奥様を連れ立って食事に出掛けた。彼は時々、日本の民放番組(特にクイズ番組)でパラオ特集等があると、それに出演していることがあって驚かされる。彼との付き合いも長く、もうかれこれ10年以上になる。

2006年09月29日

AS9100規格の世界を思い出す

コンサルティング業務に使用するAS 9100(JIS Q 9100)規格の解説テキストの編集整理をしていた日曜日。休日でもパソコンの前に座っての仕事とは情けないが、少しの息抜きでこんな撮影写真をアップしてみた。

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【航空機のエンジン:Nikonos RS+13mm Twin SB102-Strobo】

パラオのマラカル島の湾内に吉備丸という船(現地では、Helmet-Wreckと呼んでいる)が沈んでいる。大戦中に攻撃されて沈んだと思われるが、あまり現地のダイビングサービスはそこへダイバーであるお客さんを連れて行くことは少ないようだ。エントリーする場所は浅めのところだが、この船は船尾へ向かって行くほど水深が深くなっている。ブリッジを越えて船尾の方向へ行くと大きな船倉が2つある。そのうちの後ろの方の船倉の中にはこのような航空機部品が搭載されている。写真は航空機エンジンと思われるが、銘版等は確認することが出来なかったので、エンジン形式も不明のままだ。船倉の底は薄暗く、水中ライトは必需品。使用している水中カメラNikonos RSはオートフォーカス機能を持っているが、暗いのでターゲットライト(私はアンフィビコ社の製品をカメラヘッドに取り付けている)を使用しないと焦点が合わない。この場所では水深が30mに達するので長時間の潜水には注意する必要がある。

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【三菱G4M3 Betty-BomberのToilet】

所は変わって、Chuukエテン島の沖合に三菱G4M3、すなわち「一式陸攻」が沈んでいる。エテン島は当時島全体が飛行場だったために、ここに着陸する又はここから離陸した航空機が攻撃されて墜落し沈んだものと思われるが、その破片の一部にトイレがあったので、撮影しておいた。金属製で錆も少なく、いまだにその原形を留めている。サプライヤー会社の刻印等は無かったが、貴重な資料かもしれない。当時の双発航空機にもちゃんとトイレが付いていた証拠がこれだ。割と小型のトイレでこれならば場所もとらないかもしれない。機体もすぐ近くにあって、わりと保存状態も良く原形を留めた形になっている。

このポイントはFirst-diveで深い水深へエントリーした後、昼食を挟んでSecond-diveとしてよく利用する場所だ。水深はボトムで15m前後とあって、減圧するには最適。

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【艦上攻撃機 天山(Tenzan):中島航空機 B6N2型】

Chuukのデュプロン島とエテン島との間にある水道(Channel)に墜落して沈んでいる「天山」の撮影写真。その4枚のプロペラは折れ曲がってはいるものの、まだ完全な形で残っている。また、操縦席後方の座席近傍には円筒形の弾倉が取り付けられた状態のままになっている。この場所は流れ(Current)が強く、潮止まりの時でないとエントリー出来ない。また、水深は38m〜40mあり、思っていた以上に深いのでビギナー・ダイバーは注意する必要がある。時折、イルカの群れが通りすぎるが、中にはこちらに興味を示し、近寄ってくる変わり者も居るようだ。このChannelを潮の流れに任せてエテン島伝いにドリフトしていくと、やがて水深が浅くなり、そこには零式艦上戦闘機(下の写真)が仰向けになった状態で沈んでいる。

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【零式艦上戦闘機(Zero-fighter):年式や型式は不明】

Chuuk エテン島の近傍、水深4〜5mの所に仰向けになって沈んでいる。この場所はシュノーケリングのポイントとしても盛んに利用されているが、その殆どがエテン島でランチを食べるダイバーの時間潰しの場所となっているようだ。次回、時間があったら機材を背負ってこの航空機の識別表示を検索してみたいと思っている。この時はカメラだけを持ってシュノーケリングで潜って撮影した。


Heian-Maru(平安丸)とYamagiri-Maru(山霧丸)

南の海で潜っていると、多くの沈没船に遭遇することがある。戦時中という時代にタイムスリップしたような感覚に陥ってしまい、過去の技術を垣間見ることが出来るのがダイバーとしての特権かもしれない。

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【太平洋上空にて】

よく利用するコンチネンタルミクロネシア航空(通称:エア・マイク)の窓から撮影したデジカメの映像。これはグアムからアイランドホッピングと呼ばれる各駅停車のような航空便で、小生にとっては大変重要とでもいうのか、よく利用する航空便。グアムからチューク、ポナペ、そしてスリーピングレディの眠りを見ながらクワジェリン環礁へ、そこからミサイル発射基地があるクエゼリン島を経て、マジュロ経由でハワイまでの航空路を言う。そんな中、チュークで途中下車して潜った。

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【Heian-Maru(平安丸)】

チュークのモエン島(旧:春島)をボートで出て、デュプロン島(旧:夏島)を過ぎた海域に沈んでいる平安丸に潜ってみた。写真のとおり今でもその船名を確認することが出来る大きな船舶。普通の観光ダイバーであれば周囲を散策してそれで引き上げるのが普通。しかし、私はそうではなく、船の中へ入っていく。厨房と思われる場所には食器がいまだに整然と積み重ねて保存されているし、当時の船の中の浴槽もそのままのようだ。この船は左舷を海底に向けて沈んでいることもあって、容易に船の中に入ることが出来るが、一般のダイバーの方々は絶対にマネをしないで欲しい。

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【平安丸の船内奥深くに今でも残る魚雷】

この船は建造された当時は華やかな船舶だったと思われる。しかし、戦争という時代の流れの中で徴用され、非運な運命を辿ってしまった経緯がある。船の奥深く入っていくと、さすがに潜水母艦として徴用されたであろうと思われる証拠を見つけることが出来る。写真にあるとおり、魚雷の在庫が船倉に今でも多く残されている。当時、酸素魚雷は日本の帝国海軍が世界に誇れる最新兵器として活躍したそうだが、その歴史とでもいうのか、証拠を実際に見ることが出来る。この船はとても大きくて1回のダイビングでは到底全てを見ることは不可能。

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【Yamagiri-Maru(山霧丸)の船内に残された砲弾の数々】

山霧丸はChuukのフェファン(旧;秋島)近くに沈んでいる。エントリーすると船体が直ぐに見えてくるが、お目当ては船倉。その中へ入っていくと巨大な砲弾と思われるものが今でも残っている。実はこの砲弾は戦艦大和や武蔵の主砲で使われる弾。輸送船という宿命なのかもしれないが、こんな弾を搭載したまま60年以上を経た現在でも、海の奥底深く沈んでその姿を留めている。

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【只今、減圧中です】

友人が撮影してくれた海中の私の姿。重いカメラを抱えて浅場で減圧している。この時が一番退屈かもしれないが、それを怠れば即とは言わないものの、死が待っている可能性がある。潜った後の24時間は航空機に搭乗してはいけない。それは、上空は気圧が低く、体内に溶け込んでいる窒素が航空機の上昇に伴う気圧低下によって窒素が血管等を塞いでしまうリスクがあるためだ。

因にChuukでは日本人ダイバーの事故は未だかつて無いそうだ。それは海中に沈む多くの艦船と共に犠牲になった民間の日本人船員英霊各位がそこへ訪れる日本人の方々を守っているとも言われている。そんな英霊各位に対して合掌あるのみの鎮魂ダイブであった。

Micronesia Chuuk-stateに沈む駆逐艦 追風

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【Blue Lagoon resortの中庭】

ミクロネシアには時々出掛けるが、その中で最も多いのがChuuk-state、すなわちチューク州という所。以前はTrukとも呼ばれ、戦時中は日本帝国海軍の基地があった場所であの戦艦大和もここに停泊していたことがある。以前はコンチネンタルホテルと呼ばれていたが、地元の住民でもあり、 Blue Lagoon Dive ShopのオーナーでもあるMr.Gradvin K.Aisek氏が買い取り、新たにBlue Lagoon resortと名称を変更した。私は先代のMr.Kimiuo Aisek氏(故人)とも親交があったことから、ここに今でも時々現地を訪れている。

大戦中に多くの日本の艦船が攻撃されて沈み、今でもその姿を海底に留めていることから、海中公園にも指定されている。また、島々を取り囲む環礁は世界最大。従って、ラグーンの内側の海は穏やかな時が多い。ボートで約1時間、北へ向かって走るとそこに駆逐艦 追風(おいて)が沈んでいる。すぐそこは環礁の外側になってしまう場所とあって、透明度は非常に高い。

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【水深40mから撮影した追風の姿】

ボートからエントリーし、海中を覗くと、もうそこにはブルー1色の世界が広がる。どうかすると上下間隔が無くなってしまうような錯覚に陥る。潜っていくと、やがてうっすらと船影らしき姿が見えてくるが、ダイビングコンピュータの水深計は40mを指していて、海底に到達するにはまだまだのようだ。

ダイビングコンピュータは通常、体内に溶け込む窒素を水深深度と時間で計測し、その計算値から減圧時間を算出する。メーカーによってもその計算方法が異なり、まるでSPC(Statistical Process Control)や MSA(Measurement Systems Analysis)の世界を想像してしまう。

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【駆逐艦 追風のブリッジ付近:in Bridge Destroyer Oite】

水深は約71m、深いと感じるがそれどころでは無い。この船のブリッジの中に入ってみた。そこには床に溶接されたか又は何らかの方法で固定されたShip -bellが今でも残っている。船の周囲をぐるっと廻ってみると、船首部分が無いのに気がつく。沈没する時にでも折れたのだろうか、200mくらい離れた所にその部分がある。ダイビングコンピュータの警告音だけが静かな海底に響き渡る。船の周囲をまるで見守るかのように旋回していたおよそ5mくらいのタイガーシャークも何処かへ行ってしまった。そろそろ上がらなければならない時間だ。

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【減圧中のMr.Greg氏】

深い海底から水面を目指して徐々にスロースピードで上昇を開始する。自分が吐き出すエアの泡を追い越してのスピードでの上昇は絶対に行ってはならない。水深20mからは減圧を開始する。減圧とは、体内(主として血液中)に溶け込んだ窒素を体外に放出するために、一定の水深で留まることを意味するが、これを怠ると、ちょうど冷やしていないビール瓶の栓を抜いたように、窒素が血管の中で気体になり、血管を塞いでしまう。それがどのような結果をもたらすかは御想像の通りだ。レジャーダイバーが使っているような一般のダイビングコンピュータではエラーを起してしまう水深まで潜っているので、減圧は2種類のダイビングコンピュータと、それに加えて米国海軍が使用する減圧表に基づいて実施する。

自分のタンクに残っているエア及びボートから吊り下げてある減圧専用のEAN(enriched air nitrox)40等の混合ガスを吸引し減圧を行うのであるが、その時間が長くて結構暇なので、この時も減圧しながら写真をパチリ!。最終的な減圧水深は 3m、そこでの待機時間が一番長く感じる。

上の写真にあるMr.Greg氏はここ(http://www.technicaldivetraining.com/gregory_m_such.htm)にあるようなプロフィールの持ち主でTDT(http://www.technicaldivetraining.com/)でプロとして活躍している。彼は私と同様にTDI等のインストラクターでもあるが、彼の場合は職業として専念している所が違う。彼も私もそうだが、一般的に水深が50mを超える所へ潜る場合には、タンクを2本連結して使用する。これは通称”Wタンク”とも言うが、これが結構重たくて肩が凝る。中にはこれに更に2本の予備タンクを両サイドにフックで引っかけて持っていくダイバーも居るが、そこまでの元気は私には無い。

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【Restaurant TAKARAJIMAにて:一緒に潜ったTDI U.S.Aのメンバー各位】

今回は沈船に潜るダイビングスタイル(Wreck-Dive)の一部を紹介したが、一般のダイバーの方々は水深30m前後に留めておいて欲しい。水深が50mを超える大深度潜水は大変危険であるために、完全な装備及び熟練したダイバーと一緒に潜ることをお勧めする。諸外国ではスキルがあって当たり前と見なされるので、無理をして潜った経験も無い水深ポイントへ興味本位で行かないこと。

ミクロネシアのチュークへはグアムから、コンチネンタルミクロネシア航空で行くことになります。現地へ渡航される方々は十分な余裕のある日程を確保しておいて下さい。

海の中のある風景

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【Micronesia Chuuk-state Fananan Is.にて撮影】

酷暑が続いた夏も終わり、秋の気配が漂う季節、日本の海の中はこれから透明度が上がり本格的なシーズンになる。死滅回遊魚と呼ばれる南の海から回遊してきた魚達を見るには絶好の季節で、お手軽に楽しむなら伊豆あたりが良いかもしれない。

上の写真は比較的浅い場所でお遊びとでもいうのか、カメラのテストを兼ねてフィルムの最初のコマに撮影した時のもの。エアの排気音だけでも小さな魚達がキャベツ・コーラルの隙間に隠れてしまうこともあって、息を止めての撮影。

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【Rota Is.にて撮影:13mmで無理やりの接写】

この写真はイソギンチャク(Sea anemone)が閉じてしまった時にシャッターをきってしまい、ちょっと失敗気味の写真。大慌てしたクマノミが何となく可愛らしい。このような光景は、南の海の各地で見ることが出来る。のんびりしたダイビングでゆったりとした潮の流れに身を任せながらシャッターチャンスを伺っている。水深が結構あったのでストロボを使用したが、効果的ではないような感じがする。

Rotaに沈む「松運丸」

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【Rota近海に沈む松運丸:Nikonos RS+13mm】

Rota島近海に沈む松運丸(しょううんまる)の写真を紹介しておこう。この船は第二次大戦において撃沈された貨物船で、全長はゆうに100mを超える大型船舶だ。水深30mの海底は真っ白な砂地で、そこからそそり立つ船首だけが何となく物悲しい感じがする。透明度の高いRotaの海ならではの写真かもしれない。写真右横に見えるロープはダイビングボートの係留用。

ここで、松運丸についてちょっとだけ触れておくことにしよう。記録によると、4396総トンで松岡汽船所属だったそうだ。1944(昭和19)年5 月29日未明に横浜を出発し、同6月12日にロタ島近海で空襲を受け船体が破損、火災発生の被害を受けたために同島テルノン付近に避泊し、消化と共に応急修理に着手したが、材料等の資材が乏しく修理作業が遅延する中で、24日再度の空襲をうけ、魚雷2発を被り沈没した。船員は6名の方々が死亡している。(資料:「戦時船舶史」著者 駒宮真七郎より抜粋)

この写真は、2004年8月15日に発行された「海なお深く-太平洋戦争 船員の体験手記」中央公論事業出版 [ISBN4-89514-230-2 C0095]の書籍の裏カバーにも採用された経緯がある。

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【「海なお深く」の書籍表紙カバー】

透明度が高く、海底が明るい海ではストロボは必要ない。ただ、この海域では条件によってはぶっ飛ぶような速い潮の流れが発生することがあるので、大潮の時は要注意だ。また、水深が30mと比較的浅いが、底に長時間滞在していると思わぬ減圧時間が必要となる。船首部分は写真のように見事に残っているが他の部分は既に朽ち果てている。近い将来にはすべて消えてしまうのかもしれない。

ロタ島で潜る時には「Dive-Rota」http://www.diverota.com/というサービスにお世話になっているが、オーナーのMarkさんは大の釣り好きでもあり、サーフェースタイムの間はボートを走らせてトローリングでシイラ等を釣る。それは勿論、彼等と一緒に行う夜のパーティーでお酒の肴となる。

UW CAVE(海の中の洞窟)

海の中には地上と同じような洞窟すなわちCAVE(HOLE)と呼ばれるダイビングポイントが各地にあります。国内では宮古島周辺の海域が知られていますが、ここでは小生が潜り撮影した海外のポイントを御紹介しておきます。

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【Blue Hole in PALAU】

上の写真はパラオにあるブルーホールと呼ばれるダイビングポイント。パラオの中心地からボートでおよそ1時間走った所にポイントがある。ボート上から見ると、海面には2〜3個の穴が水深3mくらいのところに開いているのが分る。そこでエントリーして早速その一番大きな穴の中へ入っていく。底までの水深はおよそ40m、晴れていても中は薄暗く静寂さが伝わり、カスミアジの群れが通りかかることもある。この写真では穴の底へ潜り、そこから上を見上げてシャッターを押してみた時のもの。スキャナーでデータを取る時に解像度を上げていないので、ちょっと見難いかもしれない。この洞窟の底の横方向にも穴が開いており、そこから外洋へ出ることが出来る。潮が良ければここからBlue-cornerと呼ばれるダイビングポイントまで、潮の流れにのってドリフトダイブが楽しめる小生の最も好きなコースなんです。

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【Blue Hole in Guam】

皆さんが観光旅行等で行かれるグアム。ビーチにはこんな場所はないけれど、ちょっとボートで出ると、このようなダイビングポイントが存在している。アプラ湾から出て、外洋へ出たら左折すると、このポイントにたどり着く。ホールの底まで行くダイバーは少ないが、興味があったので何度か行ったことがある。通常、ガイドを伴って潜る方々が多いが小生はガイドは毎回頼まない。それでもお客さんを連れた顔見知りのガイドが近寄ってくるのには参ってしまう。ホールの底まではおおよそ水深70m、真っ暗に近いのでライトをつけるが周囲には何も見当たらない。このホールも途中、水深40mくらいのところに横穴があいていて、そこから外洋のリーフへ出ることが出来る。そこからリーフ伝いにゆっくりと浅いほうへ移動し、そのあたりで減圧を兼ねて遊んでいるのが通常。しかし、太平洋の荒波をまともに受ける場所なので、うねりは結構きつい時が多い。このブルーホールは上から見た時には分らないが、ホールの中から見上げると何故かハートの形に見えてしまうから不思議だ。

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【Rota Hole】

グアムとサイパンの間にあるロタ島。ここは北マリアナ連邦に所属する地域で、サイパンから入国するのが手続き上は便利なようだ。撮影した時期が夏ではなかったのが残念なのだが、真夏になるとこのホールの真上から太陽光が降り注ぎ、神秘的な写真が撮影出来る。ロタは透明度が大変高く、写真を見ると浅いように感じるかもしれないが、実は結構水深がある場所から撮影している。この島の良いところはあまり俗化されていないところだろうか。空港からレンタカーで走ってもすれ違う車も少なく、住んでいる方々も大変おおらかだ。

これらの海の洞窟はここで御紹介する以外にも多くの場所にある。例えば、カリブ海のアンギラやベリーゼにはもっと巨大で底までは到底潜れないような洞窟が存在している。何かの機会にここで紹介することにしようと思っている。いずれにしても水中写真を撮影する場合には、中性浮力における力量(安定性)が一番の課題になる。また、水深のある場所へ潜ることが多いことから減圧対策には最も注意しなければならない。

最近は、エアタンクを使用せず、リブリーザを使用することが多くなった。それでも予備タンクの携行は欠かせないし、減圧時に使用するEAN(Enriched Air)は欠かせないものになっている。

in PALAU

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【PHOTO by German channel in PALAU】

小生の趣味の中では唯一のアウトドアとして続けているのにスクーバダイビングがある。もうかれこれ30年近く潜っているが、なかなか出会えない海の仲間も多い。ミクロネシア、メラネシアそしてカリブ海等の南の島と海が好きで、仕事に余裕があると出かけるが最近はめっきりその回数も減ってきた。海の中に居ると周囲の雑音も聞こえてこないし、静寂の中でゆったりと無重力感を味わいながら潜っているのが心地よい。単に潜っているだけでは想い出が残らないな・・と感じ、早速始めたのが水中写真。多くの機種を手にしたが、現在愛用している”Nikonos RS”が一番馴染んでいる。水中カメラ仕様(100m防水)で一眼レフ、しかもフォーカルプレーン・シャッターというニコンが製造した中でも傑作中の傑作だと今でも思っているが、この機種は残念ながら製造中止になってしまった。

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【上から50mm、13mm、28mmレンズ及びカメラ本体】

水中写真の世界ではワイド派とマクロ派がいるが、小生はどちらかと言えばワイド派。レンズは13mmという広角(俗に言う魚眼レンズ)を使用し、ファインダーを覗けばフィン(足ひれ)まで見えてしまうすぐれもの。50mmのマクロレンズも時々使用するが、根性が無いとでもいうのか1箇所に留まってシャッターチャンスを狙うのが一番苦しい。ナイトダイブという夜に潜るダイビング・スタイルがあるが、その時には好んで50mmレンズを使用する。

ストロボはSB104という機種を通常は2つ左右対称にして使用するが、水深が50mを超える場合には4つ使用することもある。そうするとストロボ・アームも相当な長さになってしまうことから、持ち運びには苦労することが多い。ワイドレンズの場合にはストロボ光のかぶり(写り込み)を避けるためにレンズから距離をおいて、しかもレンズより後方にセットするのが一般的。

何時だったかは忘れたが、パラオへ渡航し潜っていた時に、同じボートで九州産業大学の写真学科の柴田先生と御一緒になり、潜ったことがあるが、先生が所有していたカメラ機材が素晴らしかった。ステンレス製の円筒状ハウジングの中にハッセルブラッドを装着していたのを見た時には驚いた。先生の撮影した写真がネットで公開されているので興味の有る方はご覧になっては如何だろうか。

http://www.ip.kyusan-u.ac.jp/J/momo/labo%20link/sibata/labosibata.html

ここ最近はデジカメが主流になってきた。しかし、水中写真撮影だけは今でも銀塩フィルムを使用している。デジカメをハウジングに入れて潜り撮影すればいいのだが、耐水圧を満足するハウジングの種類が少なく、使いたいデジカメに合致したハウジングが無い。フィルムはもっぱらISO50のベルビアという製品を使用しているが、感度が低いだけに苦労することも多い。まあ、そんなこんなで余暇を楽しんでいる。

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